♪ 振り返れ 歩き出せ ~~

自分の小さな子供を見るように
「こいつ駄目な奴やけど でも それなりに頑張ってんにゃなぁ ^^」
ってな目で 
優しく自分を見つめてやればいい
そうすれば駄目な自分でも好きになれるし
一緒に考えたり手を貸してやったりも出来る

「あんたほんまに何をやらせても駄目な子やなぁ (-″-)」
ってな事ばかり言ってる出来の悪い親のような目で自分を見てやしないかい 
器用じゃないけれど優しかった子供は
一番認めて貰いたいそんな親(自分)に怒られ責められ
小さく小さくなっていく……(..



自分で自分を許せず
自分で自分を傷つけている

何でお前はそんなふうなんや!
ほんとのお前はそんなじゃ無いだろうが!
一体何をやってんねん!

って……

「ほんとのお前」ってのが自分が作り上げた「妄想」の自分で
今現実にいる自分が本当の自分なのだと気づく事はない

そこにあるのは……

あの時 ああしていれば……
あの時 あんな事をしなければ……
こんな事にはなって居なかったはずだし
今の自分はこんなじゃなかったはずなんだ
なのに
お前ときたら……

って……

今、ここにこうしているのが自分だなんて認めたく無くって
本当は「こうなっているはずだった」と ありもしない自分を夢想する



さて

これまで生きてきた中で しでかし続けた事を振り返れば
 あの時あんな事をしなければ……
 あの時ああしていれば……
なんて事ばかり

「悔い」だらけ ^^

まるで安物の野球やお相撲の解説者のように
後からならいくらでもいい方法も思いつく……

何故その時そうしなかったのかと自分を責め続ける

だめだよ
今更どうしようもないことで「正論」を振り回して責めるなんて
責められた方はいくら頑張ったってどうすることも出来やしない

どうしようもないことを どうにかしようとしても
どうしようもない ( ̄^ ̄)


これもまたガキの頃に聴いて
わからなかった歌


 「泥海の中から」

 作詞:中島みゆき
 作曲:中島みゆき

 ふり返れ 歩きだせ 悔やむだけでは変わらない
 許せよと すまないと あやまるだけじゃ変わらない
 ふり返れ 歩きだせ 悔やむだけでは変わらない
 許せよと すまないと あやまるだけじゃ変わらない

 おまえが殺した 名もない鳥の亡骸は
 おまえを明日へ 連れて飛び続けるだろう

 ふり返れ 歩きだせ 悔やむだけでは変わらない
 許せよと すまないと あやまるだけじゃ変わらない

 ふり返れ 歩きだせ 忘れられない罪ならば
 くり返す その前に 明日は少し ましになれ

 おまえが壊した 人の心のガラス戸は
 おまえの明日を 照らすかけらに変わるだろう

 ふり返れ 歩きだせ 忘れられない 罪ならば
 くり返す その前に 明日は少し ましになれ

 ふり返れ 歩きだせ 悔やむだけでは変わらない
 果てのない 昨日より 明日は少し ましになれ
 ふり返れ 歩きだせ 悔やむだけでは変わらない
 ふり返れ 歩きだせ 明日は少し ましになれ
 明日は少し ましになれ


振り返らずに歩き出そう ってより
振り返ってから歩き出した方が良さそうな気はする (’’)

 ふり返れ 歩きだせ 忘れられない罪ならば
 くり返す その前に 明日は少し ましになれ
 ふり返れ 歩きだせ 悔やむだけでは変わらない
 果てのない 昨日より 明日は少し ましになれ

これはその通りだろう

「後悔」と「反省」の違い 線引きはどこなのか

あの時あんな事さえしなければ って事があったとき
こうすれば良かった…… って所までが反省で
なのにどうしてあんな事をしてしまったんだろう…… から後が後悔

振り返り、しでかしてしまったことを見つめ
少しでもましな方法を考えついたら
「今度はそうしよう (’’)」って思えばそれでいい

後悔し 悔やみ続けたところで
何ものをも得られやしない

んで、この歌で理解できなかったのは

 おまえが殺した 名もない鳥の亡骸は
 おまえを明日へ 連れて飛び続けるだろう 

ってのと

 おまえが壊した 人の心のガラス戸は
 おまえの明日を 照らすかけらに変わるだろう

ってやつ

殺してしまった鳥はまるで「ヒッチコックの鳥」の様においらを襲い続けるだろうし
ガラスのかけらは背中に降り注ぎ皮膚を切り裂くだろう……
許されるはずなど無い! って
おいらがしでかしたミスは死ぬまでおいらを苦しませ続けるんだと

でも
最近になってやっと  なんとなく……(’’)  

おいらが殺しちまった鳥や心砕いてしまった人に「許される」なんて甘えちゃいけない
決して許されることなど無いだろう
でも「しでかしてしまった事」は消えなくても
許されなくても
「その事」は今の自分を造りその先の自分を創るんだと……

そこにあったことは
忘れ去ることでもなければ
乗り越えることでもなく
悔やみ続けることでもない

「過去を悔やみ続ける必要がない!」となれば
心の荷物はずいぶんと軽くなる ^^


反省と後悔の境は……(’’) 
悔やんでも仕方ないけれど反省は必要だよなぁ……(’’)
ってな堂々巡りに

明快な回答を見つけた ^^


おいらがいつも拝読しているお坊さまのブログから引用

> 一切の後悔は不要です。

  過ぎた事は変えようがありません。あの時、ああすれば良かった、こう言えば良かったと思 っても、その時の自分にはそれだけの力量と、縁の持ち分しかなかったのです。今現在か  ら、より良く前へ進む努力をすれば、それで十分です。

  後悔が不要だと言っても、悪いことをしておいて、それは過ぎた事だから反省しなくてもい  いと言っている訳ではありません。
 
  それは分かっているけれど、しっかりと冷静に反省しているつもりが、いつか心はぐじぐじ  と、ああでもない、こうでもないと後悔してしまう、後悔と反省の線引きは、どこでするんだと、 思われる方もあるでしょう。

  ところが、仏教の基準は誠に明確です。先日、三十七道品のお話をしましたね? その中 に四正勤(ししょうごん)という教えがありまして、四正断(ししょうだん)とも言うのですが、簡単 に言うと、だいたい以下のような教えです。

 ・既に生じた悪を助長させない。
 ・今後、新たな悪を生じさせない。
 ・既に生じた善を助長させる。
 ・今後、新たな善を生じさせる。

  うじうじしたいやな思い出が頭に浮かんだら、以上を心に当てはめてみて下さい。それだけ で、すべてが自動的に処理されます。

  日本語の「反省」という言葉には、「後悔」に類したうじうじ感が含まれていなくもないです  が、四正勤の教えには、冷静にして、かつ事態を前へ向かわせる朗らかさがあると思いま  せんか?

 だから、一切の後悔は無用です。どうぞ、安心して下さい


引用……ってか
抜粋のしようがなく
まるっぽ1ページ コピー やけどな ^^;

リンクした方がいいんだろうけれど
めんどくさくて飛ばない人もいると思うので
あえて ^^

http://blogs.yahoo.co.jp/pwbdt973

以前にもご紹介しているけれどアドレス貼っておきますね ^^


今日はちょっと酔っぱらっているので
これにて失礼 m(_ _)m


おまけ
どろうみのなかから~~




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