東福寺の三門 

この三門が国宝だってのは……
画像
知恩院の三門に並ぶほど でっかい ( ̄^ ̄)
って事よりも
この三門がこの街で一番古い三門やって事やろな (’’)

何度か書いたが、この街は 応仁の乱 って戦乱で
街のほとんど全てが灰になってしまった
東西両軍合わせて、延べ数十万の軍勢がこの街を舞台に11年間戦った
この狭い街の中で……(’’)
んで、決着つかずに終わってる 迷惑なお話や (ーー;

んで、焼け野原だったこの街を再建するのは
信長さん以降、秀吉・秀頼(と、ちゃちゃ)・家康・秀忠・家光さんや ^^
町並みも数多くのお寺の大伽藍も彼らの寄進により再建された物や (’’)
なので、この街のでっかいお寺の伽藍はみんな 築400年 や ^^;

町なかで奇跡的にこの戦火から免れたのは「千本釈迦堂」1227年(国宝)ぐらい
ちょっと町はずれには「醍醐寺の五重塔」951年(国宝)なんてのがあるが
1200年の都なんて威張ってはいても、奈良のように古い建物なんて残っていない
まぁ、それだけこの街が動き続けてたって事でもあるが……(’’)

話を戻し、そんな中でこの三門は応仁の乱以前の貴重な建物や ^^

東福寺が出来たのは1200年代半ばだが、何度か燃えていて
最後は本堂が明治になって燃えている ^^;
名ので、前回「ここには15mのお釈迦様が居たらしい」って書いたが
でっかいお釈迦様が居た本堂はお釈迦様と一緒にその時に燃えているわけで
あの建物は明治の火災の後、大正から再建され始め
できあがったのは昭和になってからっていう最近の建物や

んで、この三門も何度か焼け
今の三門が出来たのは1425年だって手元のパンフレットに書いてある……

なんで手元に 東福寺三門 のパンフレットがあるのか?
おいら、この三門に上ってきた ( ̄^ ̄)

うろうろしていたら「国宝 東福寺三門 特別拝観」って……
知恩院や南禅寺の三門には何度も上っているが
ここの三門にも上がれるってのは知らなかった
「京都冬の旅」の企画の一つであるらしい
冬の旅 は結構マニアックな場所なんかが開いていたりして面白い ^^
……って
もう、三月半ばや 
 なのに まだ終わらへん (ーー;

いま、ちょこっと調べてみれば
「京都夏の旅」とか結構特別拝観はあるみたいやな ^^;

600円ってのは大金ではあるが
たまたま入れるタイミングにここに来た ってのは 何かのご縁や (’’)
って事で上がってきただ ^^

内部はもちろん、上からの景色も撮影禁止やって……(’’)
 けちんぼや(ーー;

かなり南の方なので、町中からの景色とはひと味違う絶景やった ^^
内部ではある程度の人が集まると、係りの方が説明をされていた
おいらが入ったときは途中だったのでうろうろうろうろしながら
次の説明が始まるまで待った ^^;

団体さんの おばはん達が 「へぇ~~(’o’)」「ほぉ~(’o’)」って言ってる横で
おんなじ様に 「へぇ~ ほぉ~~(’’)」って しかし 声は出さずに ( ̄^ ̄;

で説明が終わった後 ガイドのお姉さんに質問開始や ^^
天井にいる「迦陵頻伽」があまりも綺麗なので
「あれも、600年前の絵で補修とかされていないんですか?」って訊くと
「あれは和紙に書かれたものを張り付けているので
木に直接書かれたものより綺麗に残って居るんですよ ^^
木に直接書かれたものは、木 自体が劣化しますから……って 説明していなかったなぁ ^^;」 って

ところで 迦陵頻伽 読めるにとが何人居ただろうか?
おいらもお姉さんの説明を聞いた時は「かりょうびんが」って音だけで
こんな字だとは 今、調べて始めて知った……すぐ忘れると思うが……

もう一つ気になったのは
「天井をわたる梁にはそれぞれ龍が書かれています
禅宗の三門独特の上下二本の梁を繋ぐ柱には まから が描かれています
一番恐ろしい 火 からお寺を守るため三門の上の方に水を司るこれらの物を描いたのは
火伏せの意味からだと思われます」ってな感じの説明があったのだが……

水を操る龍の上にいる まから って奴 (’’)
なんだか ぶっさいくな魚に羽の生えた まから…… (’’)
そやっ!
http://tougenojizou.at.webry.info/201006/article_14.html
この ガメラのあかんぼの記事を書いたとき
お坊さまに「それは まかつぎょ では?」 って教えていただいた
「摩竭魚」……(’’)

「すみませ~~ん あの まから ってやつなんですけどぉ~」
ってさらに説明を聞くと
「口から水をはき 大河を作ることもできる……」とか (’’)
「あのぉ~口から水をはく まかつぎょ って奴のお話を聞いたことがあるんですけどぉ ^^」
って 更に尋ねると
「まから と まかつぎょ は おんなじです ^^」 だって

やっぱりあそこに居たのは この 羽の生えたぶっさいくな魚 やな (’’)

ガメラの赤ん坊説 と 龍の失敗作説 も捨てがたいのだが (ーー;

ってな事で時間をどんどん消費していくのだが
上って良かった って 久々のヒットやった ^^

ついでに……
画像
これは三門を横から見た絵だが
四隅に立っている柱……(’’)
三門自体は丸い柱なので、この四角い柱は違和感があり
見るからに後からつけたつっかい棒に見える
設計ミスでつっかい棒が要ったのやな (’’) って見ていたが
これは秀吉さんの頃に大きな地震が数回起こった時
秀吉さんが「この山門が倒れてはいかん!」って事で補強のために入れた柱で
「太閤柱」と呼ばれている ^^

んで、秀吉さんの建てた 京都大仏殿は 地震でつぶれた ^^;





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この記事へのコメント

piparpati
2012年03月16日 13:45
早速に楽しく詳しい情報を有難うございました。土日は天気が悪そうなので、急遽、昨日、月輪寺さんにお参りして来ました! あいにく朝から雨でしたが(愛宕山は牡丹雪が降っていたそうです)午後から天気は回復、ご教示に従って、靴と防寒対策とタオルは忘れず無事、登ることができました。
有難うございますm(__)m月輪寺の参拝記は後日ブログにて…
 今日の記事のマカラの話も楽しく読みました。
p(-_-)q
2012年03月19日 02:08
>ご教示
なんて言われたら、おらひっくり返るだよぉ ^^;
あれは……(’’)
  世間話やな ^^
お寺のご住職、何度かお見かけしたけれど
優しい笑顔の方ですね ^^

おら、このところ毎週愛宕山に登ってるだよ ^^;
でも、まだ龍ヶ岳まで行けてへん (ーー;

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