大親分に ご挨拶 に行かねば (’’)

この街の地蔵を束ねる「地蔵の大親分」 ^^

この道はよく通るから車の中から
「やぁ ^^」
ってなご挨拶はしているものの
今年はまだちゃんとご挨拶していなかったので
病院のついでに行って来た ^^ 

「ついで かよ(ーー;」 って怒られそうやが ^^; 

病院から北に向かい「百万遍」と言う交差点を右に折れ
銀閣寺の方に上っていくと……いた ^^
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ちょっと遅くなったけどご挨拶に来たよ 今年もよろしくね  ^^  って

「おら 地蔵でねぇだが……(ーー;」 って ぶつぶつ言っていたが
放っておいて先を急ぐことに ^^;

で、この近くに
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仲良し二人組 ^^
こちらも「地蔵」ではなく二人とも「大日如来」さまや (’’)
こちらは親分と違い表通りに面してはいなくて
中途半端な裏道にあるのだが
この中途半端な裏道というのが「志賀越道」という古道で
親分の居る所はこの街道と今出川通りとの辻になる

「志賀越道」というのは、府立病院の近くの「荒神口」って言うところから
「山中越え」という峠を通り近江(滋賀)へと向かう街道

この街から出ていく街道についてはまた何時かまとめたいと思うが
あんまりにも言いたいことが多くて始めれば終わりそうにない ^^;
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んで、この二人のおうちの左に立っている石の道標……
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この辺りには古い道標が多く、この道標にも「嘉永二年」って書いてある (’’)

「荒神口から」って書いたが、この街には「京の七口」なんてのがある
秀吉さんがこの街をちゃんと作り直したとき「御土居」って言う土塁でこの街を囲んだ
御土居ってのはこの街を水害から守るための堤防であり外敵から守る城壁でもあったのだが
そこからの出口が七つあってそれぞれに「口」(くち)という名が付いたと言う

でも、この街を一周する御土居のあった辺りを地図でたどれば
七つどころか、たっくさんの「口」のつく地名がある (’’)
「京の七口」で調べても文献によりいろんな七つをセットにしている ^^;

とは言えメインの街道への出口は共通しているのも多く
さっきの滋賀への出口「荒神口」、鞍馬への「鞍馬口」や
丹波から山陰へ行く「丹波口」など……


前回ご紹介した「蹴上」はこの街から出ていくメインの街道ぞいやって書いた
蹴上へ向かう道は秀吉さんが架けた橋「三条大橋」から東へ向かう道 
つまり東海道の起点で都の東の玄関、当然ここも「粟田口」と言う「口」や ^^

今日ご紹介するのはこの街道の出口にある「粟田神社」
こちらも都を出て行く旅の人達が道中の安全祈願に訪れる「旅立ち守護・旅行安全」の神社
そして、この神社が有名なのはそのお祭りで
「鉾の巡行」や ^^
御神輿が通る前の邪気を払い清めるために鉾の列が通るというのは良くあるらしい
で、その鉾がどんどん大きくなって ^^;
鉾の巡行なんて言えばすぐに祇園祭を思い浮かべるが
こちらが祇園祭のルーツやって言うお話もある
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剣鉾差し って呼ばれる
最近はなんだかけったいな造り物が沢山出てきて
その行列は年々偉いことになってきているような ^^;

御神輿も含めて一見の価値はあるよ ^^
今年はおいらもちゃんと見に行ってみようかな (’’)

粟田神社の正面
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鳥居をくぐり坂を上る 
ひぃこらへぇこら~~ ^^;
とても「おらの楽しみは 山歩きだよ ^^」ってな事を人前で言えないような体力やな (ーー;
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大きくはないけれど感じのいい神社だよ ^^
本殿の横にまわれば
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横の塀にかかっているのは……
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御神輿を担ぐときにつける棒や (’’)
これを見ればでっかい御神輿だってわかるよね ^^

少し小高いところにあるので景色はいい (’’)
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拝殿越しに眺めた街
向こうのお山、画面左手の山には金閣寺の上の「左大文字」
中央右寄り菱形の所は「舟形」が見える
画面右手の紅いのは ^^;

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