土足参内 (どそくさんだい)……(’’)

千日回峰行を満行された阿闍梨さまだけに出来る 御所の土足参内

阿闍梨さまのすごさを表す一つの例えとして
「阿闍梨さまは御所に土足で入れる!」って言う記事は多いけど……

おいらとっても偉いねん !
だから御所の中でも草鞋のまま歩けるねん ( ̄^ ̄)

って事でもないらしい (’’)

では、どういうことか?
ちょっとまともなページを紹介するから こちらで…… ^^;

http://www4.ocn.ne.jp/~zimmer/otsu/hiei_mudoji.html

そのまま引っ張ってくると
 土足参内とは、回峰行の創始者・相応和尚(最澄の孫弟子)以来、千年の格式と伝統を誇る。由来は、文徳天皇 の女御藤原の多賀幾子が物の怪に悩まされた時、京都市中の高僧たちの呪法も一向に効き目なく、師匠円仁の すすめにより、12年篭山中の相応和尚が草鞋履の行者姿で参内し加持したところ、女御の病気は直ちに平癒し たと云われる。
 千日回峰行を満行した行者のみ許されるもので、京都御所内小御所に土足のまま参内し、国家安穏と玉体安穏 を加持奉修する。
って事らしい (’’)

土足……てのがあり得ない場所なんだろうけれど
あの行者さまの装束と峰を駆けまわるための草鞋履きって言うお姿が
阿闍梨さまの、素 のままの最高の正装なんだろう……


回峰行の間、毎日歩かれるコースの中
比叡山のちょっと北の尾根に「玉体杉」って言うポイントがある

おいら達ハイカーにとっては、この尾根歩きの時の絶好の休憩ポイントで
景色を眺めながら あっつい お茶を飲むのに最高の場所や ^^

画像

ここから毎日御所の方に向かって国家安穏と玉体安穏をお祈りされていた

そして満行された後
直接御所にあがられ、その場でお祈りされる ^^

7年もの間、千日間も4万kmを歩き通し
行を貫かれ「大阿闍梨」となられた最初の大仕事、大舞台 ^^

でも、天皇がそこにいない今
この儀式は「新しく誕生された大阿闍梨さまのお披露目」の要素が大きいみたいで
全国から い~~~~っぱいの いろんなお坊さんが来られていたみたいや ^^



んで、圓道様の「土足参内」が今日あることを おいら全く知らなかった ( ̄^ ̄;

中途半端な連休など作りやがって (-″-)
って言いながら、ひぃこら へぇこら とお仕事していただ    (T^T)



んで、お昼過ぎ
仕事の絡みで丸太町から寺町通りを北に上がった 
ところが……
全く車が動かなくなった (’’)
今日もあちこちで御神輿が出ていたからここもお祭りやろか?って思ったが
ここは寺町通りやしなぁ お寺の秋祭りってきかへんし ^^;

御所の東側の梨木の入り口あたりから北にかけて
なんやらごちゃごちゃとわやくちゃになっている

この北には「京都三名水」染井の名水が湧く「梨木神社」があり
その向かいには紫式部ゆかりの「廬山寺」がある 
源氏物語は去年やったし……(’’)
って近づいていくと
お坊さんが山のように道にあふれている (・_・)

素人目にもたいそう偉そうなお坊さまやそのお付きらしい方達とそのお迎えの車……

廬山寺のもう一つ北か?

      あ”~~っ!(・_・;   

廬山寺の北には 清浄華院 が有るぅ~ って事は
阿闍梨さまやぁ~~!  って

   (T^T)

まぁ、終わったことは仕方がない ( ̄^ ̄)
あらかじめ知っていても今日は休めなかっただろうし

おら仕事なんてしたくねぇだ (T^T)  なんてぐずってただろう ……

阿闍梨さまの姿は見えなかったが
偶然にも丁度みなさんが どわぁ~~~~って出てこられたところへ突っ込んだのだから……(’’)

まぁ……良しとしよう  


河原町を通らずに抜け道のつもりで入った寺町で
どんだけ時間かかったか (ーー;

でも まぁいいや
お坊さんの大群が見られたし ^^


夕方のラジオのニュースで言ってていた
 お坊さんと信者の方合わせて約1000名の列が……  って  ^^;


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